
古代から中世にかけてのヨーロッパで、1000年以上も国として存続した東ローマ帝国(ビザンツ帝国)。普通の王朝なら数世代で終わってしまうのに、どうしてここまで長く続けたのでしょうか?
その理由は「政治制度の柔軟性」「経済と軍事のバランス」「宗教による求心力」の3つに集約されます。では、それぞれの要素がどう働いていたのか、じっくり見ていきましょう。
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体制が固すぎても崩れるし、緩すぎても混乱する。その絶妙なバランスが長寿の鍵でした。
血統にこだわりすぎず、有能な人物を養子にしたり、軍人が即位することもありました。
この柔軟な皇帝交代が、継続性と安定をもたらしたんです。
帝国内には強固な官僚組織があり、皇帝が代わっても政務がスムーズに進められました。
属州との連携も取りやすく、中央集権体制をしっかり維持できていたんですね。
戦いが続く時代でも、経済と軍事をうまくバランスさせていたのがビザンツ帝国の特徴でした。
農民に土地を与えて兵役を担わせるテマ制によって、戦費を抑えながら効率よく軍を維持。
地方の防衛も任せられるから、中央の負担が減ったんです。
首都コンスタンティノープルは東西貿易の要所であり、商業と関税によって莫大な収入を得ていました。
この財源が、戦争や大規模建築を支える原動力にもなっていたわけです。
文化や政治が変わっても、人々の心をつなぎとめたのがキリスト教でした。
皇帝は信仰の守護者としてふるまい、正統な信仰を守る立場にありました。
宗教的な正当性を得ることで、民衆の支持と権威の両方を保てたんですね。
東方正教会の厳かな儀式や聖像崇敬は、人々の一体感を強めました。
それによって、民族や言語が違っても「同じ信仰を持つ民」としてまとまることができたのです。
東ローマ帝国(ビザンツ帝国)が長く続いたのは、硬直せず、時代に合わせて自分を変えていけたからなんですね。
このように、変化に強い国こそが長寿の帝国になりえるというわけです。